コラムバックナンバー

生成AIの登場によって、広告業務のインハウス化が注目されています。

P-MAXなど広告運用の自動化が進み、クリエイティブ制作にも生成AIが活用されるようになりました。こうした変化を表面的に捉えると、「広告運用を自社で行えば費用が削減できる」と考える企業が増えているかもしれません。

私は、「広告運用業務のインハウス化」にはやや懐疑的です。少なくとも、広告管理画面の操作や日々の入札調整を自社で抱え込むことが、すべての企業にとって正解だとは思いません。

一方で、代理店に任せきりだった事業会社も、これからは自社でデータや施策結果を読み解く力が必要になってきます。目指すべきは、運用業務の代替ではなく、広告と売上の関係を意思決定に活かす「分析のインハウス化」だと考えています。

なぜインハウス化は思ったほど簡単ではないのか

広告のインハウス化のトレンドは、今にはじまった話ではありません。
広告予算が大きくなると、企業はコスト削減やノウハウの社内蓄積を考えるようになります。日本でも、昔から大手企業がハウスエージェンシーを持つ動きはありました。

ただし、インハウス化は成功事例ばかりではありません。
人材の定着や組織運営の難しさから体制を見直す企業もあります。内製化を進めたものの、再び代理店との協業に戻ったり、組織を再編したりするケースも少なくありません。インハウス率が高い米国でも、組織を立ち上げた後に外部パートナーとの役割分担を見直す企業が見られます。

原因としてよく言われるのが、人材と知識の定着の難しさです。理想的には、自社ビジネスと広告運用の両面のプロフェッショナルですが、そんな人材の採用も育成も困難です。人事ローテーションで担当者が異動し、育成も中途半端に終わり、経験が資産として残っていきません。

最新情報のキャッチアップも、これだけ進化が激しいと、追いついていけません。広告プラットフォームは、毎年のように仕様が変わります。Google広告、Meta広告、Yahoo!広告、各種計測ツール、タグ環境、プライバシー規制など。これらの変化を追いかけ続けるのは至難のワザです。

代理店であれば、複数のクライアントを通じて媒体の変化や運用上の知見が集まります。外部の専門家を使う価値は、いまでも大きいと思います。
広告代理店の価値は、媒体知識や運用ノウハウだけでなく、複数企業で得た知見をもとに、事業会社の仮説検証を外から支援できる点にもあります。また、計測環境の整備や媒体横断での検証設計など、個社だけでは蓄積しにくい専門知識を活用できることも大きな価値です。

問題は、代理店を使うか、自社で運用するか、という二択ではありません。
本当に考えるべきなのは、外部の専門家やAIを活用しながら、自社の中に何を残すかです。

自社で残すべきは広告運用ではなく分析力

広告業務を分解して考えると、大きくは、戦略、制作、運用、分析の4つに分けられます。

このうち、運用や制作は、生成AIや自動化ツールによって効率化が進んでいる領域です。広告の入稿、入札調整、レポート作成、バナーやテキストの制作などは、人間がすべて手作業で行う時代ではなくなりつつあります。

さらに、Googleなどの自動入札は、広告媒体内のシグナルをもとに、人間が追いつかない速度で入札を最適化してくれます。媒体の中で観測できるデータをもとに、CPAやROASなどの目標に向かって最適化する力は非常に強力です。

一方で、自動化システムが理解できる範囲には限界があります。
自動入札は、あなたの会社がなぜその商品を売りたいのかを知りません。
新商品の立ち上げで認知を広げたいのか、在庫を消化したいのか、利益率の高い商品に誘導したいのか、既存顧客のリピートを増やしたいのか。そうした事業上の意図までは、広告媒体の管理画面だけではわかりません。

事業会社の責任者が本当に知りたいのは、もっとシンプルな問いのはずです。

「なぜ先月は売上が伸びた(落ちた)のか」
「今回のキャンペーンは、本当に狙った顧客に届いたのか」
「広告は売上にどう影響したのか」

こうした問いは、広告だけで説明できるものではありません。
セールやメルマガ、価格変更、季節要因、競合の動きなど、さまざまな要因が絡み合って結果が生まれます。

だからこそ、事業会社が自社に残すべきなのは、広告運用の作業そのものではなく、広告と事業成果の関係を読み解く力なのです。

施策の意図・仮説・結果を残すことからはじめる

では、分析を自社に残すとは、具体的に何をすることなのでしょうか。

まずは、広告データに売上や顧客データを組み合わせて見られる環境を作ることです。はじめはGoogleスプレッドシートなどで管理するところからはじめても構いません。
そして、セールやキャンペーンなどの施策ごとに「なぜやったのか」「何を期待していたのか」といった施策の目的、背景などの文脈を、あとから振り返れる形で残しておくことです。

CPA、ROASといった数字はもちろん重要ですが、数字だけではわからないことがあります。
そのキャンペーンは、新規顧客を獲得するためのものだったのか。既存顧客の買い増しを狙ったものだったのか。在庫を処分するためのものだったのか。利益率の高い商品に誘導するためのものだったのか。新商品の認知を広げるためのものだったのか。
同じ売上増でも、新規顧客獲得を目的にしていたなら不十分かもしれません。一方で、在庫消化が目的であれば粗利や在庫回転も見なければなりません。既存顧客のリピート促進が目的なら、初回購入数よりも購入頻度やLTVへの影響を見るべきかもしれません。

クリエイティブについても同じです。
クリック率が高かったから成功とは限りません。その表現は、狙った顧客に響いていたのか。もっといえば、見込み客の記憶に残るクリエイティブだったのか。本当に大事な答えは、短期的な指標の外側にあります。

難しく考える必要はありません。最初は、施策ごとにメモを残すところからはじめてもよいでしょう。
こうした記録が積み重なると、「どの訴求が成果につながりやすいのか」「どの施策が利益に貢献したのか」を振り返りやすくなります。分析力とは、高度な統計手法を使うことではなく、自社で起きたことを説明し、次の意思決定につなげる力でもあります。

広告データは媒体に残ります。売上データは基幹システムやECシステムに残ります。
しかし、「なぜその施策をやったのか」「何を期待していたのか」「結果をどう受け止めたのか」は、意識して残さなければ消えてしまいます。

分析のインハウス化とは、すべての分析を社内だけで完結させることではありません。
自社の施策の意図と結果を、自社の言葉で説明できる状態にしておくことです。

社内やAIに説明できる会社が強くなる

こうした記録は、社内の意思決定だけでなく、広告代理店が力を発揮する上でも効いてきます。
そして今後、生成AIをビジネス改善に積極的に活用していく時に、とても重要な基盤になります。

AIに背景や期待値などの文脈を伝えずに、ただ「広告を改善して」と依頼しても、返ってくるのは一般的なベストプラクティスになりがちです。
「そんな施策はもうやっているよ、使えない」と、生成AIを早々に見切ってしまうかもしれません。しかし、自社の施策の記録が蓄積されていれば、AIはより実践的な分析や改善案を出せるようになります。

広告運用の自動化で面倒なチューニングはどんどん底上げされていきます。
だからこそ、差がつくのは分析と改善のサイクルを強化することです。広告代理店を置き換えるという発想ではなく、事業会社、代理店、AIが連携して取り組むことができれば、さらに大きな成果が得られるでしょう。

代理店やAIに任せる領域が増えるほど、事業会社には「何を目指し、何を成功と見るのか」を定義する力が必要になります。

広告のインハウス化は、運用業務の置き換えから考えるのではなく、自動化の外側にある施策の文脈を、自社に蓄積することからはじめるのがよいのではないでしょうか。

自社の取り組みを社内やAIに説明できる会社こそが、広告自動化と生成AIの時代に、継続的にビジネスを伸ばしていけるのだと思います。

広告運用のノウハウは外部から調達できます。しかし、自社の顧客や商品、過去の施策から得た学びは、自社にしか蓄積できません。その蓄積こそが、これからの企業の競争力になるのではないでしょうか。

6月24日(水)のa2iセミナー「バイブコーディングで広告運用業務を再設計する ― 分析とデータ取得、2人の実践者に聞」では、データ取得の仕組み、分析環境の整備、AIとの役割分担について、実践者の取り組みをご紹介します。

コラム担当スタッフ

大内 範行

アナリティクスアソシエーション
代表
オオウチコム

アナリティクスアソシエーション代表  
個人情報保護士、専門統計調査士
日本アイ・ビー・エム、マイクロソフト、Googleなどを経験。Googleでは2011年から7年間、Googleアナリティクスとダブルクリック広告のマネージャなどを歴任。
2019年からはJellyfish 副社長 VP Analyticsとして参画し、2021年からはアユダンテ株式会社でCSOに就任。
並行して2008年から協議会「アナリティクスアソシエーション (a2i.jp)」代表としてデジタルマーケティングのデータ分析の普及に取り組んでいる。
仕事の傍SEOやアナリティクスの書籍も多数執筆。
主な著書『できる100ワザ SEO&SEM』、『できる100ワザ Google Analytics』、『SEM Web担当者が身につけておくべき新100の法則』など。

主な講演

一つ前のページに戻る

a2i セミナー風景イメージ

あなたも参加しませんか?

「アナリティクス アソシエーション」は、アナリティクスに取り組む皆さまの活躍をサポートします。会員登録いただいた方には、セミナー・イベント情報や業界の関連ニュースをいち早くお届けしています。

セミナー・イベント予定

予定一覧へ

コラムバックナンバー

バックナンバー一覧へ