コラムバックナンバー
アナリティクスアソシエーション 大内 範行
発信元:メールマガジン2022年7月27日号より
D2Cサイト「北欧、暮らしの道具店」を展開する株式会社クラシコムが東証グロース市場に上場しました。その目論見書を読んでみました。
「新株式発行及び自己株式の処分並びに 株式売出届出目論見書」
「北欧、暮らしの道具店」は、2007年に北欧の食器などを扱うD2Cサイトとしてスタートしました。その世界観に共感するユーザーを、広告費を(あまり)かけずに、コンテンツとソーシャルで集客し、大きく売上を伸ばしてきました。コンテンツには、本格的なドラマや映画などの映像作品も含まれています。
「世界観を軸にしたブランド作り」というストーリーは、すでに多くのメディアで語られています。私が今回注目したのは、リーチから購買までのKPIの数値です。
目論見書の13ページに「プラットフォーム拡大の構造」と題して、4つの円が左から右に並んでいます。
1) 年間総リーチユーザー(2000万人) →
2) エンゲージメントアカウント数(430万件) →
3) 累積会員数(42万人) →
4) 年間購入者数(18万人)
と見事なファネルになっています。
会員数と購入者数は、わかります。興味深いのは、自社ブランドのリーチとエンゲージメントを数値化している点です。
まず年間総リーチユーザー数は、公式Instagram及び公式YouTubeの3カ月間のアクティブユーザー数の合計約400万人と、ウェブとアプリの年間訪問者数約1,600万人を足し込んだ数で、約2,000万人となっています。
なぜソーシャルの中で InstagramとYouTubeだけなのか、と疑問に思いましたが、おそらく自社映像コンテンツにアクセスした匿名ユーザー数を出しているのだと思われます。これらのユーザー数と、ウェブとアプリの匿名ユーザー数を合計することで、自社で展開するコンテンツと商品にアクセスしたリーチを算出しているのでしょう。
これを一般のECサイトなどに当てはめれば、サイト、アプリ、動画コンテンツなどへの匿名のアクセス数を集計することで同じ数値が作れると思います。
次に、エンゲージメントアカウント数ですが、これは主なソーシャルチャネルでフォローやチャネル登録など、強い興味を示したユーザー数を集計しています。その数値に、アプリのダウンロード数、メルマガの会員数を足し込んでいます。
このエンゲージメントアカウント数は、クラシコムの提供する価値観をこれからもチェックしたいと意思表示してくれたユーザー数と言えるでしょう。当然重複も含まれますが、その計測と抽出は難しいので、無視しています。
このエンゲージメントアカウントを通じて、世界観を好きだと言ってくれている人を掴み、LTVを向上させる源泉になるユーザー数として見ているものと推測できます。
このファネルには、いわゆる「市場規模」や「ブランド認知度」などのデータもなく、自然検索数や広告などのチャネル参照元もありません。ただ、ブランドの価値観を共有できるユーザーとKPIを現実的に可視化している点で、なるほどと思うファネルになっています。
「北欧、暮らしの道具店」は、一般に広告に頼らないD2Cサイトと評価されていると思いますが、実際には商品の半分はセレクトした商品で、他サイトでも安く手に入ったりします。
また、広告費用もちゃんと使っていて、売り上げの6-7%程度は投資しています。
自社コンテンツが強いのは間違いないですが、アプリのダウンロード促進などに広告費はしっかりと使われています。
映画やドラマなど本格的な映像コンテンツを展開している点はユニークで真似できませんが、昨今は、自社をアピールする動画チャネルやショート動画などを展開する企業も増えています。その点では同じ構造と言えます。
展開しているコンテンツは基本無料で、メディアの先にあるECサイトの商品購買がペイウォール(ビジネスの境界)になっています。この境界線も特殊なものではありません。
こうして分解してみれば、決して特別な構造ではなく、ECサイトあるいはB2Bサイトも同様のファネルで俯瞰することはできるでしょう。
ソーシャルとコンテンツに力を入れ、世界観を愛するファンに「共感」と「驚き」を提供しています。ソーシャルチャネルは、PodcastやSpotifyのリストまでかなり多様なエンゲージメントを展開しています。
ただ、このファネルを組み上げることはできても、真似できない点があり、それはこれを生きた数値にすることだと思います。世界観を伝える努力を積み重ねたことで、ブランドを愛する社員を多数採用できていると思います。
結局は、世界観を理解し、体現する「人」こそが強みになっています。その結果、このファネルの数値が、生きた数字になって、いい循環が形成されています。
ニッチな世界でも、会社が愛する価値観を強みに、世界観を伝える努力を積み重ねれば、これだけのリーチと、ビジネスが展開できる。そのことを証明した点で、何度も噛み締めたいファネル図だと思いました。
アナリティクスアソシエーション代表
日本アイ・ビー・エム、マイクロソフト、Google。Googleでは2011年から7年間、Googleアナリティクスのマネージャなどを歴任。その他、SEO会社起業や日本の事業会社のデジタルマーケティングに従事してきた。
2019年からはJellyfishにVP Analyticsとして参画。
並行して2008年から協議会「アナリティクスアソシエーション (a2i.jp)」代表としてウエブ分析の普及に取り組んでいる。
仕事の傍SEOやアナリティクスの書籍も多数執筆。
主な著書『できる100ワザ SEO&SEM』、『できる100ワザ Google Analytics』、『SEM Web担当者が身につけておくべき新100の法則』など。
また、仕事の傍ら、幕末 徳川慶喜についての小説も執筆出版している。
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