コラムバックナンバー
アナリティクスアソシエーション 大内 範行
発信元:メールマガジン2026年3月11日号より
デジタルマーケティングやデータ分析の仕事がどう変わるか、というのが私の今年のテーマです。それは事業会社と支援会社の関係の変化につながり、「支援側にいる私の働き方」に直結します。
今回と次回の2回に分けて、生成AI時代の事業会社と支援会社の関係の変化を考えます。まずは、事業会社の側にどんな変化が起こるのかを考えていきます。
「AI導入で○○人を削減」──こうした見出しに目が留まるようになりました。生成AIで○○の仕事はいらなくなる、とずっと言われ続けたので、私たちも、自分たちの仕事は何年もつのだろう、などと考えてしまいます。
デジタルマーケティングの現場で働きながら、私はこの「AI=人減らし」の議論にやや疑問を持ちはじめています。むしろ進むべき方向は真逆かもしれないとさえ考えています。
「AI導入で人を減らす」には、ある暗黙の前提があります。「今の業務構造が変わらないなら、その作業部分をAIに置き換えることができる」という前提です。
ただ、デジタルマーケティングでは、必ずしもこの前提は当てはまりません。AIによって一部の作業が減る結果、むしろ「できること」が広がるのではないでしょうか。これまで外部に委託していたことが自分でできるようになったとします。その先には「本来やるべきだったが手が回らなかったこと」が、自分の範囲に見えてきます。
つまり、AIは作業の代替ではなく、組織の能力拡張として機能すると考えています。
もちろん、生成AIの分析能力を過大評価するつもりはありません。AIに「インサイトを出して」と丸投げしても、表面的な要約が返ってくるだけです。しかし、AIの助けを借りると、SQLが書けなかった人がデータ抽出をできるようになり、売上データから予測値を出せるようになります。それだけでも「気になったときにすぐ数字を見る」という行動が生まれます。
AIは完璧な分析者ではありません。しかしデータに触れるハードルを下げる装置としては、すでに十分に機能しています。データを自分で触れるようになると、「もっとデータがあれば売上の要因分析ができるのでは?」と考えはじめます。やるべきこと、やりたいことが増えていくのです。
Googleマップを手にした外国人観光客が、旅行会社の定番ルートを離れて自分で新しい場所を見つけはじめたように、生成AIを手にした事業担当者の行動も変わります。この大きな変化の初期段階でやるべきことは、安易に人や投資を減らすことではないはずです。
では、具体的にデジタルマーケティングの現場で何が変わるのか。3つの仮説を立てて考えてみます。
[ 仮説1 ] 「作業の委託」の重心が事業主側に移る
生成AIによって、課題の調査、レポート作成、クリエイティブ生成といった運用系タスクのコストは劇的に下がります。これまで支援会社に委託していた作業は、徐々に事業主側で自前でこなせるようになります。
これをコスト削減と捉えてはいけません。本質は、手元でPDCAを回せるようになることです。外注していたときの数週間のサイクルが、思い立ったその日に試せるようになります。組織の学習速度が根本から変わります。
[ 仮説2 ] 事業主と支援者の情報格差が小さくなる
これまで支援会社の価値の一部を支えていたGA4の設定方法、SQLの書き方、SEOのベストプラクティスといった専門ノウハウが、生成AIで民主化されます。事業主も自分である程度の分析や施策立案に取り組めるようになります。
ここでも本質は知識の移転そのものではありません。「よくわからないから専門家に任せる」から「自分でもわかったうえで、専門家と対等に議論する」に変わります。この姿勢の変化が、組織の自立性を根本から高めます。
[ 仮説3 ] 意思決定の主導権が事業主側に戻る
仮説1と2が進むと、事業主はデータに日常的に触れ、自社の事業文脈から考えるようになります。
生成AIの進化は、汎用的なチャット画面から、自社ドメインに特化したオーダーメイドのAIへと移りつつあります。自分たちのノウハウや成功体験をAIに蓄積し、業界の一般論ではなく「自分たちのベストプラクティス」をAIから引き出せるようになります。これまで支援会社に委ねていた「何をすべきか」の判断を、自分たちで下せるようになります。
3つの仮説で見えてくるのは、自分たちの事業文脈を最もよく知っているのは事業主自身だという、ごくごく当たり前の事実です。そこにデータの読解力が加われば、外部の支援者よりも質の高い意思決定ができる領域は広がります。
ただし、単に生成AIを導入すればよい、活用できる人員を増やせばよいという話ではありません。データを見る人が増えても、データに基づいて意思決定する文化がなければ意味がありません。仮説を立てて検証する習慣。数字で議論する共通言語。うまくいかなかった施策を責めず、学びに変える風土。こうした組織文化の整備が、人員強化と同時に必要です。
前回のコラムで「生成AIは飼い主を選ぶ」と書きました。飼い主がしっかりしていなければ、AIは力を発揮できません。これは個人レベルの話であると同時に、組織レベルでもまったく同じです。
【コラム】生成AIは「飼い主」を選ぶ──GA4×生成AIで「使える施策」を引き出すために
生成AIの進化を「人員削減、コスト削減」と捉えるか、「組織を強くするチャンス」と捉えるか。この選択の違いは、競争力に大きな差を生むはずです。
こうした仮説が正しいなら、事業会社と支援会社の関係は大きく変わるはずです。
「作業の代行」「専門ノウハウの提供」だけでは差別化が難しくなり、意思決定の主導権が本来そうあるべきだった事業主に戻っていきます。
いえいえ、ことはそう単純ではありません。そこにはいくつもの課題があります。
そのとき、支援会社にも新たな価値が生まれるはずです。それは何なのか。次回は支援側の変化について考えてみたいと思います。
アナリティクスアソシエーション代表
個人情報保護士、専門統計調査士
日本アイ・ビー・エム、マイクロソフト、Googleなどを経験。Googleでは2011年から7年間、Googleアナリティクスとダブルクリック広告のマネージャなどを歴任。
2019年からはJellyfish 副社長 VP Analyticsとして参画し、2021年からはアユダンテ株式会社でCSOに就任。
並行して2008年から協議会「アナリティクスアソシエーション (a2i.jp)」代表としてデジタルマーケティングのデータ分析の普及に取り組んでいる。
仕事の傍SEOやアナリティクスの書籍も多数執筆。
主な著書『できる100ワザ SEO&SEM』、『できる100ワザ Google Analytics』、『SEM Web担当者が身につけておくべき新100の法則』など。
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