コラムバックナンバー
アナリティクスアソシエーション 大内 範行
発信元:メールマガジン2025年8月20日号より
8月1日に米国で発表された雇用統計で、過去の就業者数が大幅に下方修正されたことがニュースで話題になりました。
「いくらなんでも変わりすぎ」と驚きの声が上がり、トランプ大統領が政治的な操作だと一方的に主張し、統計の担当局長を解任してしまいました。国の重要な統計データに対するあからさまな政治介入です。
でも、これはどうも一時的な問題ではなく、また労働省の統計だけの問題でもないようです。
また、似た問題は、アメリカ以外の国でも、日本でも起こっていたことです。
今回のコラムでは、国の統計データの劣化について、少しカメラを引いた視点から考えてみたいと思います。
まずはアメリカの状況から見てみましょう。
今回は、雇用統計の大きなブレが注目されましたが、実はもっと深刻な問題があります。予算と人員削減によって、米国の統計収集システム自体が劣化しつつあるのです。
特に深刻なのは、「消費者物価指数(CPI)」の劣化です。これも雇用統計と同様、重要なデータで、米国経済政策の意思決定や、もちろん株価にも大きな影響を与えます。
今、この「消費者物価指数」で、未収集データが急激に増えているというのです。実に調査データの30%以上が収集できず、代入や推計で仮の値をあてはめる状態になっています。30%を超える未収集データというのは、極めて異常な水準です。
・Cheaper gasoline restrains US consumer prices; worries about data quality rise
雇用データも、消費者物価指数も、トランプ政権下での大規模な予算と人員の削減の影響を少なからず受けていて、調査データの収集や調査の取りまとめに制約がでてきている、と指摘されています。
トランプ政権の人員削減のせいで統計データが危機にさらされているのに、都合が悪いデータが出ると、そのトランプに恫喝され、挙げ句の果てに辞めさせられるのです。政府内の統計担当者は「やってられない」というのが本音ではないでしょうか?
経験豊富な職員の流出も加速していると言われていますので、今後の影響がとても心配です。
アメリカの重要な統計データが信頼できなくなれば、その影響は、アメリカ一国の問題ではなくなります。
実は、このアメリカの統計データをめぐる騒動は、決して対岸の火事ではありません。
もう覚えている方も少ないと思いますが、日本でも安倍政権下で、統計への政治介入が頻発していました。私は安倍政権そのものを批判する意図はありませんが、こと統計データを歪ませた件については罪が重いと考えています。
厚労省の毎月勤労統計調査不正、建設工事受注動態統計調査不正、GDP統計の疑わしい補正など、次々と問題が明らかになったのです。
GDPの歪みについては、2018年11月13日付日本経済新聞によると、なんと日銀の統計局長が、内閣府に対し「元の基礎データを出せ。こちらでやり直す」という趣旨の要請をしたと伝えられています。統計を扱うプロとしてよほど許せなかったのでしょう。
たとえば、勤労統計調査の場合、実質賃金の数値が、大幅に悪くなりそうだ、というのを知った政権側が激しく介入しました。
そして、対象とする労働者の定義変更などいくつかの「補正」を加えて、しかも意図的に過去データに遡らずに、不連続なデータのまま、その悪い実質賃金を隠そうとしたのです。
この問題は国会でも取り上げられました。当たり前ですが、統計データが実態経済から乖離したら、正しい国の意思決定ができなくなってしまいます。
その後、この問題の反省から、厚生労働省は「統計改革ビジョン2019」を出して改善が図られています。このビジョンは統計を守ろうとする強い意志が感じられるレポートで、日本も何とかギリギリで踏みとどまったとポジティブに捉えることができます。一方でその改革は中途半端で、イギリスやフランス、北欧諸国が取っているような、根本的な独立性と専門性が担保されるまでには至っていません。日本の国家統計は依然として政治的・行政的な影響を受けやすい構造になったままなのです。
アメリカのトランプ大統領は、それでも大声で介入するので、問題も見えやすいのです。
ところが、日本ではもっと陰湿にことが進行しました。指摘されると、官僚側ものらりくらりとかわすので、よりタチが悪い印象です。今後、こうしたことが繰り返されないよう祈るばかりです。
アメリカや日本以外はどうなのでしょうか?
ここ数十年の国家統計の劣化事例を、生成AIの Deepリサーチに聞いてみると、ギリシャの財政統計の操作、アルゼンチンのインフレ統計操作など、なんだか財政破綻した国家ばかりが並んでいます。
これは偶然でしょうか?
国家の情報分析能力が劣化すれば、合理的な意思決定ができなくなります。正確なデータなしに適切な政策は立てられません。そして、大きく道を間違える可能性が高まってしまうのです。
統計データに政治的に介入し、そのデータを実態と違うように改竄する。それが国家の衰退のひとつのシグナルになっているのかもしれません。
日本と米国の行末が心配になって、つい遠くを見てしまいます。
統計データを正しく運用していくには、高い専門性と経験が不可欠です。それ以上に、組織トップの理解が不可欠です。
日本の統計システムの劣化を受けて発表された「厚生労働省統計改革ビジョン」では、「統計の役割」についての印象的な文章がありました。
鏡が曇っていれば、自分の姿を正しく見ることはできません。羅針盤が狂っていれば、正しい方向に進むことはできません。内視鏡の精度が悪ければ、病気を見逃してしまうかもしれません。
統計データの劣化は、国家が自分自身を正しく認識し、適切な判断を下す能力の劣化を意味します。それは確実に、国家の衰退につながっていくのです。
でも、これは決して避けられない運命ではありません。統計の重要性を認識し、適切な投資と改革を行えば、まだ間に合うはずです。
冒頭で触れたトランプ政権の人事介入は、まだ統計データそのものを歪ませる事態には至っていません。雇用統計は、もともと構造的な問題を抱えていた速報値でしたから、この機会に改善が図られる可能性もあります。
統計は地味で難しい印象もあるでしょうが、国家の政策決定の基盤です。今後アメリカがこの問題にどう対処していくのか、また日本とアメリカの政治と統計の関係がどうなるのか、注目していきたいと思います。
アナリティクスアソシエーション代表
個人情報保護士、専門統計調査士
日本アイ・ビー・エム、マイクロソフト、Googleなどを経験。Googleでは2011年から7年間、Googleアナリティクスとダブルクリック広告のマネージャなどを歴任。
2019年からはJellyfish 副社長 VP Analyticsとして参画し、2021年からはアユダンテ株式会社でCSOに就任。
並行して2008年から協議会「アナリティクスアソシエーション (a2i.jp)」代表としてデジタルマーケティングのデータ分析の普及に取り組んでいる。
仕事の傍SEOやアナリティクスの書籍も多数執筆。
主な著書『できる100ワザ SEO&SEM』、『できる100ワザ Google Analytics』、『SEM Web担当者が身につけておくべき新100の法則』など。
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