コラムバックナンバー
アユダンテ株式会社 寳 洋平
発信元:メールマガジン2025年7月30日号より
仕事をする上で、ピントを合わせることを大切にしている。
筆者はカメラマンではないが、普段料理や愛猫の写真をよく撮る。オートフォーカス機能のおかげで、ピント合わせには大した手間はかからない。特に猫の瞳を自動で認識するカメラには感動し、愛用している。猫たちの美しい瞳にピントが合った写真を見返すと、そのときの猫たちのたたずまいや自分たちの暮らしの記憶が鮮やかによみがえる。ピントが合っていることで、体験や記憶は豊かになる。
しかし、仕事における「ピント合わせ」はそう簡単なことではない。
例えば、マネージャーが現場のチームメンバーから相談を持ちかけられたとき。マネージャーに余裕がなかったり、状況を正確に把握していなかったりすると、話をよく聞きもせずに自身の経験をもとにした早合点の助言をしてしまうことがある。自戒をこめて言うが、これが「ピントが合っていない」ということだ。そのような助言は的外れなものに終わり、苦しいやりとりとなる。
こんな状況は、筆者の長く携わるデジタル広告支援の現場でも起きることだ。
例えば新しい顧客から相談を受けた際、限られた時間で相手の課題に正しくピントを合わせられるかどうかは提案の精度を大きく左右する。
相談を受けたタイミングでは、対象となる商品・サービスやそのユーザーについて、また、顧客企業の組織に根付いている文化などについても、まったく理解できていないことがほとんどだろう。
重要なのは、カメラのように便利なオートフォーカス機能は仕事にはないということだ。マニュアル(手動)でピントを合わせる必要がある。
そして、このピント合わせは一人で完結するものではなく、顧客やチームメンバーとともに価値を創り上げる「共創」を通じて徐々に精度を高めていくプロセスでもある。
実際の広告支援の現場では、何にピントを合わせるかによって、施策やプランの方向性が大きく変わってしまう。ターゲットユーザーなのか、商品そのものの特性なのか、企業の文化や組織課題なのか。どこにピントを合わせるかで、提案のアウトプットはまったく異なるものになるだろう。
ここからは、デジタル広告支援の仕事において筆者が実践している「マニュアルでピントを合わせる方法」を記してみることにする。
前述したように、新たな顧客企業の課題に取り組む際、対象の商品やサービスなどについてよく知らない状態からスタートすることが多い。そんなとき、時間の許すかぎり、観察と対話を行うようにしている。
先に強調しておきたいのは、観察や対話における客観性の重要さである。デジタル広告の戦略や実行プランを組み立てる上で、広告やサイトの数値データ、顧客の目指す目標数値、その間にあるギャップをはじめとする「客観的事実」を正しく確認することは、ピント合わせの基本中の基本である。ヒアリングシートへの記入や可能な範囲でのデータを共有いただきながら、客観的な事実を集めることからはじめる。このa2iコラムを読んでいる方なら、客観的事実を正確に収集することを軽んじる人はいないだろう。
しかし実務の現場では、客観的な事実はいわば土台となるものであり、ピントを合わせるにはそれらだけで十分とは言えない。多様な立場の人々との対話や共創を通じて、客観的な事実に加え、自らの身をもって「実際に体験し」「肌で感じる」ことで、徐々にピントが合ってくると筆者は考える。
人類学や社会学の分野には、外側から観察するのではなく、対象となる社会の内側に入り、実際に参加しながらその社会をよく理解しようとする「フィールドワーク」という手法がある。
社会学者の佐藤郁哉氏によれば、フィールドワークとは「生身の人間の行動や文化・社会に必然的に含まれる矛盾や非一貫性を、まずは丸ごとそのまま捉えようとする」ものであり「さまざまな技法を併用することで、それぞれの技法の長所を生かし、短所を補いあう」手法だという(『フィールドワーク 増訂版』より)。フィールドワークは単なる「現場主義」ではなく「トライアンギュレーション(方法論的複眼)」といって、異なる手法を組み合わせる考え方を含んでいる。
実務家の筆者が研究者のように対象に対して何年もの時間をかけるのは難しいが、こうしたフィールドワークの考え方や対象に向き合う姿勢は参考になる。一例だが、実際に行っていることを書き出してみる。
フィールドはリアルな場(物理的空間)にもネット(デジタル空間)にも広がっており、どちらも欠かせない。リアルなフィールドで得られる情報は密度が高く貴重なので、ネットとリアルを組み合わせたハイブリッドなやり方が望ましい。
積み重ねるうち、客観的事実と実際に体験したことが結びつき、徐々に理解が深まって確かな仮説が見えてくる。このように、ピント合わせというのは一回で完了するものではなく、顧客との対話や体験を通して継続的に行われるべきものである。一度ピントが合ったとしても、環境の変化や新たな気づきにより、改めてピント合わせが必要になることも珍しくない。
最近ではChatGPTやGemini、Claudeなどの生成AIを併せて使う人も多いはずだ。筆者も各社のDeep Research機能などをよく利用している。生成AIは便利で強力なアシスタントになる。
ただ、認知科学で「記号接地問題」として知られるように、AIは身体的な経験から言語を理解しているわけではないようだ。商品を手にとったときの質感や、顧客企業のオフィスで感じる企業文化といった体験から得られる理解は、現時点では人間のほうが得意な領域だ。上記のなかでもレビューを集めたり、データを要約したりなど、まかせられる部分はAIにまかせつつ、自身はできるだけ五感を使って、顧客の課題にフィットした価値提案を生み出すことに注力したい。
五感を通じた体験を大事にするのは、そこに生まれる微妙な違和感や気づきが、独自性の高い提案やプランニングの源泉になりうるからだ。それは筆者自身だけでなく、顧客や自社のチームメンバーなど、仕事に関わる人たちそれぞれの五感で感じ取るものでもある。これらの違和感や気づきを言葉にし、共有し合うことで、さらに豊かな視点や他にはないユニークな解決策が見えてくる。この「共創」のプロセスでこそ、ピント合わせの価値は最大化されると筆者は考える。ピントを合わせて、よい仕事をしていきたい。
編集・ライターから運用型広告・データ活用の世界へ。アユダンテ広告チームの責任者として、チーム全体の健全な成長を考える仕事に取り組んでいる。顧客のビジネス成長の支援では「聴くこと」と「対話すること」を大切にしている。料理好き。放送大学選科履修生。3匹の猫と暮らしている。
著書に『新版 SEM:リスティング広告』(インプレス)、『いちばんやさしいリスティング広告の教本』(インプレス)、『ネット広告運用“打ち手”大全 成果にこだわるマーケ&販促 最強の戦略102』(インプレス)、『Amazon広告“打ち手”大全 世界最大のECサイトで広告運用に挑む 最強の戦略77』(インプレス)
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