コラムバックナンバー
永井 隆
発信元:メールマガジン2023年12月20日号より
本稿ではデジタルマーケティングに従事する私達が数値の「影響」を改めて把握することの重要性を事例とともに考えていきたいと思います。
突然ですが以下の(1)(2)のような文章を読んで、皆さんはどういった感想を持つでしょうか?
(1)部下や代理店からウェブサイトの今月のコンバージョンが目標100なのに対し、実績は80になりそうという報告を受けた。
(2)皆さんが自社サイト用に書いているブログを閲覧したユーザーの離脱率を給与に反映すると突然上司から告知された。
(1)については、残念だなと思うと同時に次月以降のために何らかの意思決定をし、場合によっては自らの業務への関与を強めなければいけないと感じたかもしれません。(2)については、離脱率を下げないようにブログの構成やデザインの変更が必要と考えたかもしれませんし、離脱率よりも他の指標を給与に反映させた方が良いのではと思い立ち、上司の説得を考えたかもしれません。
以上のように報告されたり、測定されたりするだけで数値は役割を持ちます。組織における数値の持つこうした役割を伊丹&青木(※)は管理会計の文脈で「情報システム」、「影響システム」と呼んでいます。
小難しい話は避けますが、「情報システム」とは組織においてマネージャー等が報告された数値を受けて現場の状況を把握したり、自らの関与を強めるかどうかの判断をするための情報としての役割です。「影響システム」とは、自身の行動について計測されたり、今までとは異なる方法で計測されるのを知ることで、行動に何らかの変化をもたらす機能のことです。これらは管理会計を対象とした概念のため、そのままデジタルマーケティングに応用するのは乱暴と思われるかもしれませんが、数値を扱う私達の仕事に応用できる部分も多いと考え、あえて紹介することにいたします。
私達の仕事では当たり前のように多くのことが数値化されます。広告ツールの画面では、配信している広告のインプレッション、クリック、コンバージョンなどの数値が手に入ります。アクセス解析では、ウェブサイトの訪問回数(セッション)やコンバージョン、離脱率などを把握することができます。仕事柄こうした数値を使って報告をしたり、相手に対して目標値を提示したりすることが多いわけですから、気をつけないと情報システムや影響システムの罠にはまることがあります。
ここからは、情報システムと影響システムについて具体的に事例で考えていきましょう。例えば、訪問回数(あるいはセッション)等は報告の際に気をつけたほうが良い、つまり、情報システムとしての役割をしっかりと考察すべきでしょう。年々、デジタルマーケティングに関する興味が経営層も含めて深まっていますが、業態関わらずに定期的に経営層に対してウェブサイトの訪問数等について報告するようなことも増えてきているようです。
注意したいのは、マネージャーたちにどの粒度で数値を報告するかです。サイト全体のセッションは自然検索、デジタル広告、ソーシャルメディア、メール、お気に入りなど様々な参照元の集合体です。この中でも自然検索についてはしばしば検索エンジン側の条件が変わり即座にウェブサイト側で対応できずに、数値が減ったままになってしまうこともあるでしょう。ソーシャルメディアやメールも、ユーザーにとってフィットしたものであったり、時流に乗ってこれらからの流入が一気に増えることもありますが、続けることは難しいでしょう。自社のコントロールの範囲外になることも多いからです。
自社にとってコントロールが難しい条件が重なり、サイトの訪問回数が落ち込んでしまうことはあると思います。その際、マネージャーの中には訪問回数が落ちたことを即座に悪いことだと捉え、対応をウェブ担当者に求めるケースもあります。しかし、自社にとってコントロールできないものについて、いつまでも対応したり説明をし続けるのは(この場ですからあえて申し上げますが)無理ですし、他のことに工数を割いた方が会社にとって良いケースも多いでしょう。こうしたことが起きてしまう一つの要因は、情報システムとしての数値の役割を見落とした結果といえます。
実施可能な対策としては、相手の求める報告の粒度や方法を探ることです。そもそも、サイト全体の訪問回数が持つ情報システムとしての機能が強すぎると思うのです。単独では悪い意味での独り歩きをすることがあります。
例えば、訪問回数が減ったことに関して、次なる施策を細かく把握したい上司が強い発言権を持つのであれば、訪問回数が減ったことに関してどういった施策でリカバリーをするのかを伝えられるように報告の準備をしたほうが良いでしょう。訪問回数でなく、コンバージョンが取れているかを重要視するような上司が相手の場合には、訪問回数の増減がどのようにコンバージョンと関連するのかを説明できるようにしておけば良いと思います。
こうした前準備や相手の理解が、数値のもつ影響を操り、報告先と良好な関係を保つのにも役立つでしょう。
今度は、影響システムについてデジタルマーケティングの文脈で考えます。広告運用やサイト運用などで広告代理店や社内での担当者にコンバージョンをたくさん出してほしいというような要望を出すことがあるかもしれません。その際にコンバージョンの目標値だけを指定してもうまく機能しないことがあります。
相手はコンバージョンが計測され、それが自分たちの評価になるため、行動を変化させます。デジタル広告であればコンバージョン最大化の設定を管理画面上で行うかもしれませんし、ウェブサイトの改善であればコンバージョン前の入力フォームの内容を見直して離脱するユーザーを減らす努力をするかもしれません。彼ら/彼女らは指示に基づいて、実直に行動をしています。(もちろん、状況により行うべき行動は異なりますが、ここではあえて話をシンプルにしています。)
ですが、コンバージョン増加を目指す前に、実はサイトに掲載している商品や広告文が魅力的でなければ、目標を達成することが難しいでしょう。また、サイト改善のケースで、そもそもサイトの訪問回数が足りなければ、フォームを改善してもコンバージョンには影響しないかもしれません。事業の責任者の立場では、コンバージョンが重要であることは変わりないのですが、それをそのまま代理店や部下のKPIとして課すことで、逆に効果が出ないことがあるのです。「ビジネス成果を出しましょう」と言うことは簡単ですが、成果までのプロセスを依頼側が思考していなければ目標達成は難しいでしょう。
どのようなKPIを相手に課すかという指標設計は重要です。影響システムの概念に沿うと、測定されていると知るだけで人の行動は変わります。ですので、今相手に課しているKPIが果たして、正しいものかという問いは常に持つ必要があるのです。コンバージョンの例で言えば、コンバージョンの手前となる広告からの訪問回数や、フォームへの到達数を評価の対象とするなども必要になると思います。
依頼側としては「影響システムなんてどうでも良くて、コンバージョンをKPIにしたら、相手はそのために何でもすべきだ」と思うかもしれません。しかし、少々厳しいかもしれませんが、それでは事業を推進する立場である依頼側の存在意義が無くなってしまいます。依頼側はビジネス全体を理解し、その上で相手に適切な評価指標を課すべきだと考えます。成果が良くなってきたら、それを褒め称えるなどして相手側の立場で考えることも指標の影響を考えると重要です。
ここまで書いてきたことは、一定程度の経験を積まれている方にとっては当たり前かもしれません。今まで経験されたことと同じようなケースには今後も対応できると思いますが知識や経験は一般化してこそ更に力を持つと考えています。ぜひ指標について情報システムと影響システムという2つの観点で考え、あらゆるケースに対応できるようになりたいものです。私達は常に数値にさらされる仕事をしているのですから、この効果は大きいと考えます。
さて、本稿の終わりに提案です。皆様も一度、過去にご自分が報告を受けて素晴らしい/おかしいと思った数値の表現や、ご自分が課されて良かった/嫌だったKPIを思い出し、その理由を考えてみてください。こうした思考を相手の立場になりながら繰り返し巡らすことが、数値の与える影響について感覚を磨き上げることに役立つと信じています。
参考文献
※伊丹敬之,青木康晴(2016). 『現場が動き出す会計』日本経済新聞出版.
ウェブマーケティングの支援会社でウェブ分析のトレーニングやコンサルティングを実施。その後、温泉旅館のチェーンに入社し、解析ツール設定、ダッシュボード導入、デジタル広告やその他の販促物の効果測定、経営への報告などを担当。
過去には、インドでソーシャルメディアのサポートデスクや、シンガポールでウェブ分析のトレーニングを実施した経験もある。
著書『現場のためのGoogleアナリティクス Webサイトを分析・改善し倒すための技術(ソシム刊)』。Digital Analytics Association の Certifired Web Analyst。2021年「金曜日のネタ帳」投稿者ランキング9位 。
個人としてイベントやセミナーでの登壇も多い。
「Google アナリティクスをメインとしたキャリアを考える会 #1」、「ISM LT祭り 2021」、「プロから学ぶ!スタートアップのためのウェブ解析と活用法セミナー」、「Weather Report Tokyo 2019 Winter – Sponsored by ”永井 隆”」、「アクセス解析の考え方勉強会」 等
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