コラムバックナンバー
Option合同会社 柳井 隆道
発信元:メールマガジン2020年5月27日号より
新型コロナウイルス騒動も終息に近づいてきたということで、データ・数字の面からわれわれのアナリティクス活動にも役立つ教訓を紹介します。
■検査はあなただけのためのものではない。社会のためのもの
PCRなどの検査はあなたの治療方針を決めるためにあるものだと思っている人が多いでしょう。もちろんそれは間違いではありませんが、実はそれだけでなく、社会全体がウイルスと戦うための戦略作りのためのデータでもあるのです。検査には調査という側面もあります。国勢調査だと考えればいいわけです。最近話題に上がる抗体検査などはまさに調査のためのものだという位置づけが明白ですよね。
そこでは社会全体の検査結果の数値(感染者数、感染者率など)を定点観測することが重要になります。単純に増加したか減少したかだけではなく、増加率がどうなったかというのも重要な指標です。ただし判定の閾値が変わると意味が小さくなりますが。
検査数を増やすと医療崩壊を招くから検査を実施しないというのはおかしな話なのです。検査をして陽性であっても治療をしない、これも十分な医療なわけです。検査結果が怪しかったけど経過観察というのは日常の医療でもよくありますよね。
■正確な数字じゃないと意味がないということは・・・ない
偽陽性、偽陰性が多い、精度が低いなどと言われるPCR検査ですが、だからといって検査をするのが無駄というわけではありません。検査結果と目的変数に相関があれば、社会がウイルスと対峙するための意思決定には役に立ちます(バイアスがなければ)。極端にいえば負の相関であってもいいわけです。検査自体の信頼度があまり高くなくても、同じ方法で検査(調査)して時系列での変化を見ることが重要です。「あなたの治療方針を決めるための検査」であれば精度が低いと困りますが、社会調査と考えればそれでも役には立つのです。
今後プライバシー保護の流れでID単位で正確に紐づいたオーディエンスのデータを得ることは困難にはなります。しかしID単位で紐づかなくても、ざっくりサンプリングによる集計で相関がある変数を使えば意思決定には使えるのです。少々不正確でも低コストで得られるそこそこ正確なデータを使うことは重要です(PCR検査が低コストであると言っているわけではありません)。これはデータ収集・調査設計上、肝に銘じておくべきことです。
■一律8割減の誤謬
とある学者が提唱していた「8割減」について、まず8割減というのは接触機会のことであって、外出機会ではありません。これを誤解していた人が多いのは問題でした。
そして社会全体に対して一律で接触機会を下げようと銘打ったスローガンが出てきました。このように一律で○○というのは実効性に乏しいです。これはみなさんもお分かりですよね。ウェブサイトで、ソーシャルメディアからの流入と広告流入に対して一律で同じ施策をするのがほとんど無意味だということを。セグメント別に施策を考える、これはマーケティング戦術の基本ですよね。
世の中にはハイリスク(感染が発生しやすい)のコミュニティとローリスクのコミュニティがあります。どういうところがハイリスクなのかは明らかになってきました。ハイリスクのコミュニティで何をする、それ以外のところでは何をする、分けて考えるから具体的な施策ができるのです。一律で飲食店の営業を停止しましょうではないのです(むしろハイリスクの飲食店だけが営業を継続する結果になった)。医療機関や介護施設、感染者の家族といったハイリスクのコミュニティではもともと8割減が難しいというのも事実です。
■振り返りは大事
「感染するかもしれない」「死ぬかもしれない」など、「かもしれない」で怖がっていた人が、新たなデータを得ることで考えをアップデートする、これは自然なことです。場合によっては考え方が180度変わることがあってもいいと思います。
たとえばこのランディングページのメインビジュアルで女性より男性の写真のほうがいいと思っていた人が、ABテストの結果を見て女性の写真のほうがいいと考えを改めることがあるのは普通ですよね。そうあるべきです。
しかし人間は最初に自分が持った信念を正当化する方向で考えてしまいがちで、その信念と矛盾するデータは無視してしまうものです。データを得ることは、振り返りの機会を提供してくれるわけです。きちんと振り返りをしましょう。
多くのメディアが使う、人々の行動に対して「緩む」という表現は間違いでありまして、新たなデータに基づいて行動をアップデートしているだけなのです。そもそも多くの議論の前提となる基本再生産数R0の値が変化しています。逆に古いデータに基づいた古い政策を、新たなデータが得られたにもかかわらず固持する、それっていかがなものでしょうか。
今回紹介したのはごく一部の教訓ですが、騒動を見ると多くの人が正しいデータドリブンなビジネス意思決定をできるのか、いささか不安になってしまいます。このコラムの読者には、気を付けてデータに臨んでほしいものです。
東京大学を卒業後、webマーケティングやサービス企画、システム開発などに従事。
デジタルマーケティングの世界に落ち着き、事業会社、広告代理店を経て2014年に独立。
現在は大小さまざまの事業会社、広告代理店などに対して、テクノロジー観点からデジタルマーケティングの支援を行っている。データ計測の設計、実装から分析、マーケティングオートメーションや広告運用などの施策との連携まで扱う。
さまざまな規模の経験から、企業の身の丈にあったデジタルマーケティングの企画に強い。フリーランスで活動していたが、2017年から法人化。
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